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1/14 理性

さてさて、あまりにも不愉快な話ではありますが「虐待」って言葉を聞かない日はないくらい、ここ数年はよく耳にする感じがします。

まぁ私が子育てをする環境に身を置いており、やはりそのような関係の報道には自ずと反応してしまうという現状はあると思いますが、やはり自分にとっては避けては通れない情報ではあります。

直近で言えば狭山市の事件ですね。非常に痛ましい事件です。

「こんなクソ親は死刑!」、「こいつら頭どうかしてる」、「同じ目にあわせろ」、「人間のクズ」、「ゲス川谷よりゲス」。まぁこれに類似するようなコメントがネットには溢れているわけでね、最後のを除いて。

でもまぁそれもしかたないとは思います。逮捕された親はそう言われるだけの事をしたのですから。

そして残虐な所業に対して人は嫌悪と拒否感を覚える。思考して嫌悪感を覚えるというよりかは反射的にそう感じるというところでしょうか。ただこれは人間として当然あるべきかと思います。

それは「人を痛めつける様な事はやってはダメだ」という事を子供の頃から教え込まれているからでしょう。これに関しては今の社会的常識から考えて間違ってはいないと思います。だからこそ子供の時にそう刷り込みのように教えられるわけでして。

おそらくは逮捕された親も子供の頃はそう教わってきたのでしょう。しかしながら「人を叩いてはダメ」という事を教えなければならない子供に対して、当の教える親がそのような残虐な行為をしてしまう心理状態はいったいどうなってるのか、疑問が残るわけです。こういう報道を耳にするとね。

ただまぁ子供の頃に教わった事を厳守して成長している子供はいないのも事実です。もしそうならいじめは今よりもっとエスカレートする事はなかったと思いますし、なにより反抗期が無くなるでしょう。

親に教わった事を自分なりに検証していく時期が「反抗期」というものでしょうし、やはり自分で考える事は自己が成長する過程で絶対不可欠なのでしょう。

ただし先述した「人を痛めつける行為」に関して、反抗期を終えた子供が「正しい事だ」と判断する事はまずないと思います。それは昔から今現在に至るまで社会的に忌避される行為であるからです。

ではなぜこのような事件が起きるのか? 結局は自己の欲求を優先させるからですよ。

「こいつを痛い目にあわせてやりたい」と思う欲求が、「それをやったら常識的にまずいでしょ」という理性を軽く越えてしまうのでしょう。

別の例を挙げると「自分達がゲームをして遊びたい」から「育児を放棄」するのです。1歳の女の子がゴミ箱に入れられ、窒息死した事件です。

最初は「ついカッとなって」という感情面から手が出てしまったのでしょう。おそらく叩いてしまったという「後悔」の念もあったはずです。ただしそれが続いていると「慣れ」てきます。「後悔」もなくなってきます。

そしてストレスの元である「子供」が目の前にいる。「私がこんなに苦労しているんだからちょっとくらい痛めつけてもいいでしょ」という悪しき欲求が生まれてくるのでしょう。

当然ながら育児はしんどい。親の自分の時間ってのはほぼ皆無になります。ストレスも溜まる。母親なら特にそうでしょう。しかしながらそれは「当然」と書いたように、子育てをしている親達にとっては至極当たり前の事なのです。一線を踏み越えずに頑張っているのです。

私はこう思うんですよ。子供を育てる上で愛情は必要でしょうが、それと同等くらいに自分が持っている「理性」も必要なんじゃないかなぁ、と。

特に幼い子供ならまだ物事を知らないので非常識で自分のやりたいようにして、なかなか親の言う事を聞かないのは当たり前ですよ。

胸倉つかまえて強引に親の思うようにさせるのは簡単ですが、それはただ単に親の欲求を押しつけただけの事。そういう欲求を抑えて、子供にどう言ったら解ってもらえるか根気よく付き合っていこうと考える「理性」が必要なのです。

常に「欲求」と「理性」とのせめぎ合い。この狭間で育児を頑張っているのです。私の場合は。

そう、言ってしまえば子供を虐待してしまう可能性はおそらくはどんな家庭にも秘めていると思うんですよ。ちょっとしたボタンの掛け違いで起こりうる事だと思うんですよ。少なくとも「そうじゃない」と否定できるほど私は強くない。

そして私はこのような凄惨な事件を見て、「こんな親には絶対になるまい。」と心に強く誓うのです。そして自分の娘が虐待されてボロボロになった姿を想像する。そしてまた強く思うのです。「こんな姿には絶対にさせない」と。自分を律するのです。

まぁなんだかんだでなかなかの駄文になりました。考えながら文章書いてるといつもより余計にまとまりが無く、だらだらと書いてしまいます。

ここまで虐待死したお子さんの事は触れませんでしたが、最後に触れるとしたら、おそらく自分が不合理な立場に立っていたことはまず認識してなかったでしょう。そしてその子がこの世で一番信頼しているのはこんなクソ親だったのだろうと思うと、あまりにも不憫でなりません。それではまた。

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1/8 リハビリ雑談

「ごめ~ん、お待たせ! 待った~?」

「も~、遅いよ~。どんだけ待たせんのよ~!」

「どれくらい待った?」


「1ヶ月と18日」




はい!というわけでね、「待たせ過ぎだ」って声も聞こえそうなんですけど、そもそも誰か待ってたのかどうかも怪しいんですけど、1ヶ月と18日ぶりに書きつづっていきたいと思います。

まぁね、これだけあいたら筆も鈍るっつーかキーボードをたたく手も鈍るわけですよ。なので今回はリハビリ兼ねて雑談です。

なんだかんだで私は芸術家気質なわけですよ。とある絵描きが突然絵を描けなくなって、自分では到底納得しなくてもどうにかしようとして描きまくって足掻くんですよ。

それでもどうしても抜け出せない時はすっぱりと描くのをやめるわけです。絵とは関係ない事をするんです。北陸のほうに旅行して旅館で、かに道楽みたいなかにずくしメニューを堪能したりするわけですよ。

そして正月はこたつに入ってくだらないテレビ番組を見ながら、指先が黄色くなるまでみかんを食べてたら、ふと絵が描きたくなるんですよ。

絵描きはのそりと起き上がり、イーゼルにかけたままだった何も描かれてないキャンバスを見ると、無意識に指先が黄色くなった手で筆をとるんです。

そして本能のままに、1ヶ月18日ぶりに描きなぐったその絵は、その絵描きの生涯一の名画となるのでした。ちゃんちゃん。

とまぁ最後らへんは何が言いたいのかよくわからないんですけど、まぁ要約するとちょっと時間が空いたから書きたくなったってことです。

しかしまぁ私が寝てる間に世間様ではいろいろ起こってますようで。ベッキーの不倫報道びっくりしたよ、ホント。

普段なら芸能人のゴシップなんて、矢口真理が自宅に男連れ込んで不倫してた事くらいどーでもいいことなんですけど、これはびっくりしたな~。ギャップがあるからね、ギャップが。これがいわゆるギャップ萌え。違うか。

まぁ海外で大きなテロがあったりとか、北朝鮮が核実験して「ごはん欲しい!」アピールしてたりとか、世間では大きな出来事が山ほどあるのに、一番最初に挙げた事がベッキーだからね、書き手の神経を疑うわ、ホント。いや、私か。

まぁ私は私で年末にしこたま浪費してちょっとしょんぼりしてるんですけど、来月には第二子生まれる予定ですからね、名前を考えている最中なんですけど、こら明らかに第一子の時に考えすぎたなってくらいあまり考えられてないんですけどね。

とりあえず今年もよろしくお願い致します。それではまた。

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