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5/15 向き合う

いつの記事か忘れたんですけど、小学校の授業の一環で自分が生まれた時の事や自分の名前の意味を知ろう、って授業があるんですって。

あとたしか春先くらいの事だと思ったんですけど、子供が10歳になった時に親に育ててくれた感謝の意を込めたりして「二分の一成人式」ってやつをやるのが結構流行ってるんだそうです。

まぁやることの狙いはわかりますよ。でもまぁここで問題視されるのが、生みの親と生活していない、親に虐待を受けている、などという複雑な環境にいる子供達へはどう対処するのか、という事です。

そら里子に出された子供は自分が生まれた時の事なんて解るはずもないし、虐待してくる親に感謝の意を込めて何かしらするなんて、とてもじゃないけど無理だと思うんですよね。

ちょっと語弊がありますけど最近は離婚がしやすくなったと思うんですよね。家同士が繋がるという関係も希薄になってきてますし、当人達が納得さえすればまぁできると思うんですよ。

実際に学生のクラスの4人に1人が父子あるいは母子家庭という統計はでているようですし。まぁ片親になる理由は離婚だけではないんですがね。

まぁ両親いても二人揃ってクズだったら子育てなんてできませんし、母子家庭だとしても「私は幸せだ」という子供もいるわけで、そこらへんは押し並べて計る事はできないと思います。

そのあたりは各家庭の事情ってものがあり、そして親の個性・子供の個性も多種多様なので、子供の置かれた環境がその子にとっていいかどうかは外から判断しづらいと思うんですよね。まぁ子の命の危険がある時は介入は是ですけど。

ちょっと話がそれましたが、各家庭の様々な事情を、子供が小さい頃に浮き彫りにして、それを衆目に晒す様な真似を学校がする必要はないと思うんですよね。

さすがに小学生にとってはまだ酷だと思うんですよ。

それに全然そんな事は思わなくていいんですけど、子供自身が他の子と家庭環境が違う事を引け目に感じてしまう事もあるんじゃないでしょうか。引け目に感じなくていいって思えるほど子供の思考は熟してないと思いますし。

さらに学校ってみんなと違う子を排他しがちじゃないですか。それが余計に拍車をかけてしまってると思うんですよね。

私は複雑な家庭環境で育った小学生くらいの子が自分の出自と向き合うは早すぎると思います。それを周りがたきつけて知らせてやろうとするとは余計なお世話だと思うんですよ。

自分自身が知りたくなったらそれが知らせるタイミングなんじゃないでしょうか。子供自身に知る覚悟が感じられますから。

別に冒頭に述べた内容の事を一切合財やるなってやるなって事ではありません。実際に家庭環境に配慮して一部内容変更して授業を行った学校もあるようですし。

例え学校主導だとしても、なんやかんやで子が感謝の意を表してくれるのは親にとってはとても嬉しい事ですよ。まぁホントに感謝するのは子供自身が親の年頃になったときでしょうけど。

ただまぁ子供の過去に向き合うのは当然子供自身であって、それをいちいち周りがどうこうさせるのはちょっと違うんじゃないのかな、という私の考えです。

こっからは余談なんですけど、「二分の一成人式」の事を私が知るちょっと前、NHKのみんなのうたで「はんぶんおとな」って歌が流れてたんですよ。

ちょっと気にとまったのでネットで調べてみると、20歳を迎えられそうにない重病のお子さんをもったご両親が、10歳の時に「成人式」とやってあげようとした事が起源ともいわれてるそうです。

それがホントかどうかは知らないですけど、そういう事情がある家庭はもちろんあるでしょう。

まぁ一方の考え方があれば、相反するもう一方の考え方は当然あるわけで、その考え方の解釈はその考える人の性格や環境によってまたそれぞれ違ってくるわけでね。

改めて「いい」か「わるい」かで判断できる事柄は少ないなぁ、と感じました。それではまた。

↓お願いします。
Category: 未分類

コメント

そういう授業

そういう授業って、未だにあるんですか!
びっくりです。
産まれた時のことを公にしたくない子供もいて、幼ければそんな自分の思いをどうしていいかわからないわけで。酷ですね。

ちなみに、うちの娘が通っていた小学校では、そういうのは無かったです。母の日だからプレゼントを工作しよう、とかも無し。お母さんがいない子供もいるから。学校側の配慮だと思います。プレゼントは「お家の人あて」ということになってました。

学校もいろいろなんですね。

2015/05/15 (Fri) 14:12 | きたあかり #- | URL | 編集
Re:

きたあかりさん、コメントありがとうございます。

> そういう授業って、未だにあるんですか!
> びっくりです。

私はそういう事を今回初めて知りました。てっきり最近始まったのかなと思いきや、そうではなさそうですね。

> ちなみに、うちの娘が通っていた小学校では、そういうのは無かったです。>
> 学校もいろいろなんですね。

私の予測も含みますが、国・政府はある程度の指針を学校側に伝えてそれに沿った形で具体策を考えるのは学校の役目なんでしょうね。
ひいてはこういうトラブルになりそうな事態をどううまくこなすか、という事で学校を運営する教員方の力量が試されるのでしょう。結局は「人」次第ですね。

2015/05/15 (Fri) 18:48 | to-na-mo-na #- | URL | 編集
No title

おはようございます

>「二分の一成人式」

二年前息子が小4の時、学校でありました。

その時は単純に「いい行事だなあ」と思いましたが・・・こうやって別の視点からみるといろんな考え方ができるものですね。

 個人的には病気や事故でどちらか、もしくは両方の親を亡くした子どもの場合は別として、こういった行事への反対論の中にある虐待など複雑な家庭環境の子どもへの配慮からの行事への反対という考え方には多少の疑問を感じます

 「虐待を受けた子や親のせいで辛い思いをする子がいるから二分の一成人式を見直せ!」ではなく「すべての子どもに素敵な二分の一成人式を迎えさせるため社会や大人が努力せよ!」・・・これが本来するべき考え方なんじゃあないでしょうかね?

 子どもが辛い思いをする可能性のある行事だからって子どものところで帳尻合わせをするのではなくやるべきことはほかにあるのではないでしょうか?
 親の未熟さを子に押し付けて、はいOK!ではいけないのではないでしょうか?
 
 なんというか・・・問題の根幹をうやむやにし小手先で問題を解決しようという考え方である印象をどうしても持ってしまいます
 
 もちろん、今現在辛い思いをしている子どもたちへの配慮のためこういった行事をなくすこと自体を否定はしませんが「子どもたちへの配慮」を大人が責任を投げだすことを正当化する口実にしてはいけない・・・・そんな風に感じます

 長々と失礼いたしました。

 すべての子どもが素敵な二分の一成人式を迎えられるような社会でありますように・・・・

2015/05/16 (Sat) 05:36 | 水色桔梗 #- | URL | 編集
Re:

水色桔梗様、コメントありがとうございます。
返信が遅くなり、申し訳ないです。

私も一児の父親ですので、子供からそのような行事で感謝を意を表されたら、とても嬉しくなると思います。


>「すべての子どもに素敵な二分の一成人式を迎えさせるため社会や大人が努力せよ!」・・・これが本来するべき考え方なんじゃあないでしょうかね?


確かにこういう問題を「いい」か「わるい」かの様に「やる」か「やらない」だけで判断するのは、この事に関して思考を止める事になってしまうから、私としてもより良い事ができるように考えていくべきだと思います。

そして「すべての子供たち」が素敵な行事をすることができる将来であってほしいですね。

2015/05/18 (Mon) 10:54 | to-na-mo-na #- | URL | 編集

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