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3/28 羨望

もしかしたら前の記事にちょっと書いたかもしれないんですけど、誰でも承認欲求ってのはもってると思うんですよね。

そら人によって欲求が多い少ないはあるとは思いますが、この欲求が全くのゼロって人はいないんじゃないかな、と思います。もしそんな人がいたとしたらそれは人ではなく神だな。

例えばひきこもりで、対人関係が怖いからっていう理由でおこもりになった人がいるとします。

ものすごい安直な書き方で、いらん誤解を招くかもしれないんですけど、そういう人って「人にどう見られてる、どう思われてるか気になってしゃーない」ってことだと思うんですけど、ひいてはそれは「自分はこのように他人に見られたい」という欲求の裏返しじゃないのかな、と思います。

そんで私はというと、おそらく承認欲求は強い方じゃないかと思います。

例えば最近は特定のジャンルの仕事を持っていなかったとしても、自分で作詞作曲した曲を動画サイトでアップしたり、自分で書いた絵とか、撮った写真とかをアップして不特定多数に公開できるじゃないですか。

そういうサイトで人が自作した曲を聞いて自分が気に入ると、「あぁ、素敵な曲を作れる才能って羨ましいなぁ」とか思う訳です。その曲に付いた賛辞のコメントとか見たりすると、「こういう風に人に認められる事は羨ましいなぁ」と思う訳ですよ。

私が思うに音楽とか絵とか写真とか「見聞きしてほんの数秒で、その人の好みかそうじゃないか」が決まるんですよ。長くても数十秒だと思う。

それは見聞きした人の琴線にどれだけ瞬時に触れられるかってことなんでしょうけど、それが多いって事はそれだけ人に認められているっていう事じゃないのかなぁ、と思うんですよ。

うん、一瞬で人の心を掴むってすげーと思う。そしてそうなってみたいな、とも思う。

もうちょい解りやすく言ったら、結婚式の二次会で余興とか司会、挨拶を任される人ってそれだけ新郎新婦の信頼が厚いって事を端的に表していると思うんですよね。信頼できない奴にそんな大事を任せる事はできないでしょうし。そういうのをたまにはしてみたいとも思う。

いや、頭ではわかってるんですよ、ホント。やっぱそれってその前から築き上げてきた人との信頼関係ってのが重要になってくるから、私はそこまで社交的でもないですし、どれだけ多くの人と信頼関係を築けてきたかというと、ゼロって事はないけど、まぁそんなにいないわけでね。だから致し方ない部分はあると思う。

「隣の芝生は青い」

まぁ結果的には多くの人と信頼関係を築けている人を「羨ましがっている」だけなのかもしれませんなぁ。それに浮き沈みはあれど「何か違う事をしてみたい」という欲求もあるのかもしれません。

これは歳を重ねるごとにこういう欲求ってのは強くなってきたかもしれません。曲がりなりにも昔に比べたら視野は広くなってきていろんなものが見えてきたのでね、やっぱ「それいいな」っていう羨望ってのが多くなってきたのかも。

まぁね、でもちょっと前向きな見方をすればおそらくは他人を見て羨む私がいるように、私を見て羨んでる他人も中にはいると思うんですよね。

自分が持っているものは自分では「たいした事ない」と思ってますけど、他人から見たらそれは「たいした事ある」ものかもしれませんし。まぁそれも「人に認めてもらいたい」という承認欲求の部分が入ってくるのかもしれませんけどね。

しかし心情を伝えるってのは難しいもんですね。こうやって書いていくと改めて思います。表現するのが難しいというか。そんで表現のしかたもイマイチ陳腐なんで、まだまだ言葉を知らんなぁ、と自戒するのでした。それではまた。

↓お願いします。
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